汚穢への頽廃その8・イナンナ崇拝の一団-314

 前段313段『汚穢への頽廃その7・大嘗祭-313』(2019年11月19日)で、弥生艶葉樹は、大嘗祭に聖婚儀礼を持ち込んだのは天武天皇だろうと推測した。が、この推測は確信に近いものである。天武天皇の知識がそれほど有るというわけでもないのに、あたかも以前から天武天皇のことをすっかり知っていて、このことは疑いの無い事実という感覚なのである。
 これは弥生艶葉樹のブッディ(理智、直観)の働きだと思われる。
 ブッディは、意識の焦点を合わす部位の1つとして、検知の際によく使うから、日常でも自然に使えるようになってきたようである。
 文章を書くに当たって、時間をかけた綿密な取材が評価されることがあるが、これからはどんどんブッディが使われだすことになるだろう。
 と言っても、先のあれだけで信用しろとは無理な話なので、低いマナス(意思)の次元で確認してゆこうと思う。
 まずは天武天皇のカルマを見てみる。

天武天皇・無意識レベルのカルマ
 664年10月12日ー-3(動物レベル)
 672年01月08日ー8(植物レベル)
 678年10月12日ー5
 683年10月12日ー-1
 686年10月02日ー0

 天武天皇の生年は分からない。分かると兄の天智天皇より、一廻り年長なのが分かってしまうからなのか。
 在位期間は、673年3月20日~686年10月1日で、崩御は686年10月1日である。(Wikipedia『天武天皇』)
 それにしても、なんとまあ重いカルマであることか。在位期間は突入した植物レベルを下落している。
 悪魔崇拝の特徴である12日の統一が見える。悪魔はもちろん聖婚儀礼のイナンナである。
 天武天皇は病死したと言うのが通説だが、崩御の翌日に注目すると、カルマが1ランク軽くなっているから、殺されたのである。
 誰に殺されたのか。

 竹下雅敏 日本史講座
『第3回 大化の改新と壬申の乱、法隆寺の謎』

 竹下雅敏氏によると、持統天皇は多くの者を暗殺しているが、持統天皇自身と天武天皇の子、草壁皇子(くさかべのみこ)の名を挙げて解説している。
 まずはそちらを確認してゆく。

草壁皇子・無意識レベルのカルマ
 689年05月07日ー-4(人間レベル)
 689年05月08日ー-3

 こちらも病死と言うことになっているが、死んだ翌日にカルマが軽くなっているから、竹下雅敏氏の言う通り暗殺されたのである。
 殺した持統天皇のカルマを見てみる。

持統天皇・無意識レベルのカルマ
 689年05月07日ー-2(植物レベル)
 689年05月08日ー9(鉱物レベル)

 カルマが2ランク重くなっているから、殺害の指令を持統天皇がしたことが分かる。
 指令を受けたのは、およそ正史とは呼べない『日本書紀』を編纂した藤原不比等である。

藤原不比等・無意識レベルのカルマ
 689年05月07日ー5(植物レベル)
 689年05月08日ー4

 ここに乙巳の変で蘇我入鹿を暗殺した中大兄皇子と中臣鎌足の子2人が登場する。暗殺の血が流れているようである。
 以上を踏まえると、天武天皇を誰が殺したのかは、容易に察せられる。
 2人のカルマを見てみる。

持統天皇・無意識レベルのカルマ
 686年10月01日ー3(植物レベル)
 686年10月02日ー1

藤原不比等・無意識レベルのカルマ
 686年10月01日ー8(植物レベル)
 686年10月02日ー7

 2人が天武天皇を殺したのである。もちろんこちらが先であることは言うまでもない。
 天武天皇は、飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)の完成目前で死ぬ。壬申の乱のとき大海人皇子を支持し、強大な軍事力を行使して反乱軍に勝利を齎(もたら)し、律令の先頭を走っていたのは蘇我氏であり、律令が完成しては敵対する藤原氏が困るのである。天智系も困る。
 持統天皇は、父天智天皇が乙巳の変で禍根を残した、蘇我氏を専ら宥(なだ)めるために政略結婚したのであり、天武天皇への愛情は露ほどもなく、天智天皇の娘4人は天武天皇へ嫁しているが、姉大田皇女(おおたのひめみこ)と天武天皇の子、大津皇子(おおつのみこ)も処刑しており、天武系から天智系へ戻す恐ろしい執念が感じられる。
 天智天皇没後、天武天皇は祟りを恐れたが、何もしていなければ、祟りを恐れる理由がないとして、竹下雅敏氏はそこに暗殺を見ていた。
 天智天皇の崩御した日とその翌日のカルマを見てみる。

天智天皇・無意識レベルのカルマ
 672年01月07日ー0(神的レベル)
 672年01月08日ー1

 さすがに天孫、カルマの軽いことよ。イスラエルの血筋の天武天皇とは格段の差がある。
 その天智天皇のカルマは1ランク軽くなっており、天武天皇のカルマは2ランク重くなっているから、天智天皇は暗殺され、それを指図したのは天武天皇だと分かる。
 持統天皇はそのことを知っていたのかは分からないが、結婚当初から敵である認識だったのは間違いないだろう。カルマは似合いの夫婦なのだが・・・。
 それにしても、親子でこれ程カルマに差があるのも珍しい。
 天智天皇と持統天皇のカルマを生涯に渡って見てみる。

天智天皇・無意識レベルのカルマ
 626年ー9(神的レベル)
 660年11月12日ー3
 663年11月12日ー0

持統天皇・無意識レベルのカルマ
 645年ー7(人間レベル)
 650年9月12日(推定5歳)ー4
 651年1月12日(推定6歳)ー2
 652年1月12日(推定7歳)ー-1
 653年1月12日(推定8歳)ー-2
 655年9月12日(推定10歳)ー9(動物レベル)
 663年9月12日(推定18歳)ー4
 671年9月12日(推定26歳)ー2
 679年1月12日(推定34歳)ー0(植物レベル)
 687年1月12日(推定42歳)ー9(鉱物レベル)
 695年1月12日(推定50歳)ー3
 703年1月12日(推定58歳)ー1

 天智天皇は9ランクの下落で神的レベル0だが、持統天皇は45ランクの下落で鉱物レベル1まで落ちている。鉱物レベル1は安倍晋三と一緒だが、安倍晋三は生まれたとき人間レベル3だったから41ランクの下落である。
 2天皇ともイナンナ崇拝だが、手を染めたのは子の持統天皇の方が早い。ならば5歳の持統天皇をイナンナ崇拝に参加させたのは、母の遠智娘(おちのいらつめ)なのか。
 遠智娘のカルマを見てみる。

遠智娘・無意識レベルのカルマ
 630年9月11日ー9(神的レベル)
 630年9月12日ー4
 631年9月12日ー0
 632年9月12日ー-2
 645年9月12日ー5(人間レベル)
 649年9月12日ー4

 やはり、そうで、初めての崇拝は630年で、生年は不詳だから5歳くらいだとすると、持統天皇を出産するのが20歳のこととなり不都合はない。
 年端のいかない子の参加には、親の関係が疑われるから、遠智娘の父、蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらやまだのいしかわまろ)のカルマを見ておく。

蘇我倉山田石川麻呂・無意識レベルのカルマ
 628年11月11日ー9(神的レベル)
 628年11月12日ー5
 632年11月12日ー4
 636年11月12日ー0
 640年11月12日ー-3
 644年11月12日ー4(人間レベル)
 647年11月12日ー1

 これもまたイナンナ崇拝。
 もしかして、蘇我氏が日本のイナンナ崇拝の元凶なのか。
 そうだとすると、持統天皇の行動も、今まで見てきたようなものではなく、イナンナ崇拝を憎んでのことだったと考えられる。それにしては崇拝をし過ぎだから、それは無いか。

 『実際にカルマを測ってみるー126』(2016年08月31日)
<物部守屋587年
 カルマー4ー4ー4ー4ー4ー4(人間レベル)
 蘇我馬子626年
 カルマーー1ーー1ーー1ーー1ーー1ーー1(人間レベル)>

 126段でカルマを見た中に、飛鳥時代の政治家、物部守屋と蘇我馬子がいたが、守屋を滅ぼした馬子の方が5ランク低いことに違和感を覚えた。守屋がカルマは軽いのに、馬子は重い。馬子は何か悪いことをしているはずである。

蘇我馬子・無意識レベルのカルマ
 569年4月11日ー9(神的レベル)
 569年4月12日ー6
 681年4月12日ー1
 615年4月12日ー6(人間レベル)
 624年4月12日ー-1

 イナンナ崇拝。今思えば、こういうことだった。

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