歌い手その45・懐かしき歌手-273

 子供の頃、よくテレビで視ていた男性歌手が布施明である。特段に好きと言うことはなかったが、よく記憶に残っている。
 布施明の歌の才能を見てみる。

布施明・歌の才能
 1947年12月18日(0歳)ー3(動物レベル)
 1962年6月25日(14歳)ー4
 1964年8月25日(16歳)ー5
 1967年7月25日(19歳)ー6
 1968年9月25日(20歳)ー7
 1969年5月25日(21歳)ー8
 1989年7月25日(41歳)ー9
 2017年8月25日(69歳)ー-3(人間レベル)

 布施明のデビューは、イタリアのポピュラー・ソングを日本語訳した『君に涙とほほえみを』で、この曲は知らないが、1965年のことだから歌の才能はレベル5のときである。
 このデビュー、

 定年時代/千葉版/平成30年2月号
「事務所の先輩が体調を崩したための代役だった」

 と言うことだが、偶然にしては布施明のイタリア人のような容貌がマッチし過ぎている。

 Wikipedia『グループ・サウンズ』
「欧米におけるロック・グループの影響を受けたとされる」

 グループ・サウンズが大流行した1967年から1969年まで、布施明の歌の才能も毎年上昇している。プロのソロ歌手として、新潮流は当然意識していたのだろう。
 新潮流は1人布施明を刺激するだけではない。
 1967年の日本レコード大賞は、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ『ブルー・シャトウ』である。
 以下個人的に馴染み深い曲
 ザ・フォーク・クルセダーズ『帰って来たヨッパライ』
 ザ・ピーナッツ『恋のフーガ』
 中村晃子『虹色の湖』
 黛ジュン『恋のハレルヤ』
 1968年の日本レコード大賞を受賞したのは、214段で取り上げた黛ジュンで『天使の誘惑』である。
 ザ・タイガース『花の首飾り』
 ザ・テンプターズ『エメラルドの伝説』
 ピンキーとキラーズ『恋の季節』
 じゅん&ネネ『愛するって こわい』

歌い手その38・レベルアップ-214』2018/05/03 23:04
「黛ジュン・歌の才能
 1948年05月26日(0歳)ー3(動物レベル)
 1964年02月14日(15歳)ー4
 1970年10月16日(22歳)ー5
 2004年02月14日(55歳)ー6
 2011年08月08日(63歳)ー7
 2018年02月11日(69歳)ー8」

 1969年の日本レコード大賞は、佐良直美『いいじゃないの幸せならば』である。
 奥村チヨ『恋の奴隷』
 いしだあゆみ『ブルー・ライト・ヨコハマ』
 内山田洋とクールファイブ『長崎は今日も雨だった』

 私が覚えている布施明の『恋』(1967年3月1日)、『愛の園』(1968年4月20日)、『バラ色の月』(1969年9月1日)もこの3年間に発売されている。『霧の摩周湖』は1966年12月1日の発売だから、ヒットしたのは『恋』と同じ1967年となる。
 『恋』を聴いている私は、小学4年生だが、
「恋というものは~不思議なものな~ん~だ」
 恋のなんたるかを学んだ。そして翌年には、
「どこ~にどこにあるの~愛~の園」
 と愛を学んでいる。学んだと言っても、テレビから流れる歌詞を丸覚えしたに過ぎないが、別にませていたわけでもなく、覚えようとしたわけでもない。
 小学6年生のとき聴いた奥村チヨ『恋の奴隷』は、ほとんど意味不明だったが、奥村チヨの甘やかな歌声に悪い気はしなかった。
 奥村チヨは布施明と同じ1947年生まれで、デビューも同じ1965年である。奥村チヨの歌の才能を見てみる。

奥村チヨ・歌の才能
 1947年2月18日(0歳)ー3(動物レベル)
 1956年10月24日(9歳)ー4
 1973年11月24日(26歳)ー5
 1984年12月24日(35歳)ー6
 1994年10月24日(45歳)ー7
 2003年11月24日(54歳)ー8
 2014年10月24日(65歳)ー9

 奥村チヨは、『恋の奴隷』(1969年6月1日)『恋泥棒』(1969年10月1日)『恋狂い』(1970年2月5日)の「恋3部作」で人気を得たが、『恋の奴隷』の明るい自然な歌い方に比べると、後の2作は暗く作為的で無理をしているのが窺える。『終着駅』(1971年12月25日)で自身のイメージを脱却する。
 歌手として人気を得る歌い方をしたり、イメージを変えたりすると、歌の才能の伸びを抑制してしまうようで、奥村チヨもレベル4からレベル5に上昇するのに、17年と言う自身では最長の期間を要する。
 さて、布施明は『愛は不死鳥』(1970年4月20日)、『そっとおやすみ』(1970年7月1日)の後、私の記憶から遠ざかるが、『シクラメンのかほり』(1975年4月10日)で再登場して、1975年の日本レコード大賞を受賞する。
 この『シクラメンのかほり』の作詞は小椋佳であり、70年代から盛んになるニューミュージックのシンガー・ソング・ライターの1人である。
 私が中学1年生のときが1970年で、グループ・サウンズが陰りを見せ、1971年になるとザ・タイガースが解散して、吉田拓郎『今日までそして明日から』が出てくる。この音楽の潮流の変わり目は、中学生ですら感じていた。
 布施明の歌の才能も、1969年の上昇からプラトー期を迎え、20年掛かって上昇して超越(9)に到り、今度は28年間のプラトー期後、遂に人間レベルに突入する。

歌い手その37・♂-211』2018/04/14 10:50
「年配からつんく♂までの、弥生艶葉樹の知るJ-POPの主な歌い手のうち、歌の才能は完成(8)がほとんど上限で、超越(9)に達した者は松山千春くらいしか知らないが、つんく♂もめでたい20周年を迎えて上限の域に達したようである」

 211段に既述した「超越(9)に達した者は松山千春」の他に上記の奥村チヨがいる。上記の一見無駄に見える蹉跌(さてつ)が、貴重な糧(かて)となっているのだろう。
 また、「ほとんど上限である完成(8)」までは、布施明もトントン拍子で達するが、そこを突き破るには、やはり20年の歳月を要している。そして更に、人間レベルへは28年の歳月を要する。
 人間レベルに達した布施明の歌の才能は不世出のものだが、歌を聴いても、どこか馴染まない物足りなさを感じてしまう。
 布施明のカルマを見てみる。

布施明・無意識レベルのカルマ
 1947年12月18日(0歳)ー3(人間レベル)
 1964年7月25日(16歳)ー2
 1969年6月25日(21歳)ー1
 1971年5月25日(23歳)ー0
 1979年7月25日(31歳)ー-1
 1989年5月25日(41歳)ー-2
 1991年7月25日(43歳)ー-3
 1999年5月25日(51歳)ー-4
 2005年6月25日(57歳)ー8(動物レベル)
 2009年7月25日(61歳)ー6
 2017年5月25日(69歳)ー5

 これはカルマを積み過ぎである。
 カルマを積んでも良いとは言わないが、人間レベルの1くらいなら重い波動もさほど気にならない。更に重くなると気づくし、動物レベルまで重くなれば不快感を伴うようになる。
「芸のためなら女房も泣かす~
 それがどうした~文句があるか~」
 昭和の理屈はもう通用しない時代になった。
 布施明も歌のためにカルマを積んだように見える。だが、そのために歌の魅力を減じている。それが分かる時代になった。
 現在、人は波動を引き上げる目的が加わる時代となっている。そのためには、波動を下落させること、一言で蔽えば悪事、を為してはならないことが絶対条件となる。換言すれば禁戒・勧戒(ヤマ・ニヤマ)を守る生活をすることである。




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Excerpt: 『歌い手その45・懐かしき歌手-273』2019/04/22 11:52
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Tracked: 2019-05-28 22:35