汚穢への頽廃その2

 『汚穢(おえ)への頽廃(たいはい)』で触れてから、すぐにシャンティ・フーラの時事ブログに続編が続々と載った。
 2015/11/11 10:00 PM
「[竹下雅敏氏]気品がある昭憲皇太后 と 下品な替え玉 / 大正天皇の実の父親は大隈重信」
「転載元より抜粋) 「大室寅之祐→明治天皇考」 07/1/31」
「 10.17日、大室明治天皇(大室寅之祐)が身の危険を感じ、女装しつつ、芸者風に変装した女官たちを連れて京都を脱出。西郷らにまもられて英国船などに乗り、10月下旬、田布施町麻郷の大室家に帰ってくる。
 その中に、大室明治天皇(大室寅之祐)の皇后になったはずの一條勝子もいて、大室家に滞在中いつも大室明治天皇(大室寅之祐)の側にべったりであったという。(この時の一条勝子とこのころ京都の准后御殿に避難した後のほんものの一条勝子とは別人)  この勝子は寿栄姫ともいい、性慾も独占慾も強くて、大室明治天皇(大室寅之祐)の行く所へは何処までもついていっ た。しかし彼女には子が出来なかった。そのためか、勝子は、側室に子供が生れると直ちにくの一忍者を使い、幼児の鼻口にぬれ紙を当て次々に殺していったという。
 大室明治天皇(大室寅之祐)の側室は、28人居たといわれ、その間に皇子、皇女は19人いたが多くは2才までの間に死亡している。 明治12年、天皇の子を身寵った(実は大隈重信の胤)権典侍柳原愛子は、勝子に知られることを恐れて、病といつわって実家の柳原光愛邸に帰り、8.31日、無事男児を出産した。この皇子がのちに大正天皇になった嘉仁親王である」
 昭憲皇太后(一条勝子〈まさこ〉)の本物と替え玉の写真を、見ただけでも違いが分かるが、竹下雅敏氏の指示通りチャクラの感覚で比べると、違いが歴然とする。替え玉はチャクラが機能していない。悪をなしたがためだが、上文から、自分に子ができないために、側室の子を次々に殺したからだと分かる。この女も、悪をなす者が陥る共通の失敗、欲望の向かい先を完全に誤っている。
 2015/11/13 10:30 PM
「[竹下雅敏氏]貞明皇后の本物と替え玉 〜替え玉の貞明皇后が産んだ昭和天皇、秩父宮、高松宮、三笠宮〜」
「大正天皇の后は貞明皇后ですが、彼女には替え玉が居ました。替え玉の貞明皇后の母の名が朱貞明です。したがって、大正天皇の正式な妃は九条節子で、貞明皇后は替え玉の名前と考える方が自然だと思います」
 2015/11/15 10:30 PM
「[竹下雅敏氏]皇室問題のタブーを示す記事群と事実に基づいた系図」
「鬼塚氏は朱貞明=貞明皇后と考えています。しかし前回の記事で指摘したように、朱貞明の娘が貞明皇后(替え玉)なのです」
「渡辺監督が語る最新作『天皇伝説』の過激な内容とは!?
転載元より抜粋) 反米嫌日戦線『狼』(反共有理) 08/09/10
「三笠宮の父親はDNAで調べると、中川宮の第5皇子である多嘉王です。昭和天皇もまた子種がありませんでした。平成天皇の父親は、三笠宮です。また、秋篠宮も平成天皇の子供ではありません。美智子皇后と入江相政・元侍従長の間の子なのです」
「千代田城は『千代田遊郭』と呼ばれ、伊藤博文や大室寅之祐らが、維新で職を失った旗本の娘から美女を選んで囲ったもので、天皇と重臣の遊び場だった」
 2015/11/16 10:04 PM
「[竹下雅敏氏]明治維新の陰謀の中心にいた久邇宮朝彦と伏見宮家 〜八咫烏の存在を認識しなければ、根本的な部分は何もわからないまま〜」
「明治天皇の4人の娘はすべて伏見宮家の男性と結婚していることがわかります。それだけでなく、久邇宮朝彦の4人の子が、それぞれ貞明皇后と関係を持ち、子供をもうけていることもわかると思います。これらのことから、明治維新の陰謀の中心に伏見宮家があったことがはっきりとわかります。おそらく、久邇宮朝彦こそ陰謀の中心人物だったと考えられます。私の直観では久邇宮朝彦と息子の多嘉王は、孝明天皇、睦仁親王(初代裏天皇)を守護する八咫烏の12烏だったと思います」
 2015/11/19 10:30 PM
「[竹下雅敏氏]皇太子・徳仁親王の実の父親は徳川恒孝で母は和田迪子」
 2015/11/20 10:00 PM
「[竹下雅敏氏]橋本龍太郎が大室家に繋がることを示す情報 〜雅子妃が強い精神的ショックを受けた事実〜」
 明治以降、所詮天皇が替え玉だから、皇太后や皇后が替え玉であっても良い、というような考えでもあったのか、何か自暴自棄を感じてしまう。
 替え玉明治天皇の子を、替え玉昭憲皇太后が次々に殺してゆくところは、まだ正統を守ろうとする見えない力が働いている気がしないでもないが、替え玉貞明皇后の下りは、悪魔崇拝の乱交を思い浮かべてしまい、半端のない汚穢を感じる。
 子ができなければできないで良いじゃないか。正直に発表すれば良いものを、汚穢に染まった頭が陰湿な手法で解決しようとするから、ますます汚穢を上塗りしてゆくことになる。
 『喫緊の課題』でも触れたが、豊受大神と天照大神はクーデターによってシリウスシステムの地位を得た。それぞれの息子の葉木国神(はこくにのかみ)と天津彦根尊(あまつひこねのみこと)は、ともにクーデターの気質を受け継いでいて、実際葉木国神はクーデターを起こして父の地位を奪ったし、天津彦根尊もクーデターの計画を着々と推し進めていた。血は争えない。
 14代仲哀天皇が香椎宮で薨じた後、神功皇后の子誉田別尊(15代応神天皇)はまだ生まれたばかりで、異母兄の香坂皇子、忍熊皇子を打たなければ天皇には成れなかった。記紀では次の皇位が幼い誉田別尊に決まることを恐れ、香坂皇子と忍熊皇子が共謀して反乱を起こしたことになっているが、どう考えても恐れたのは2人ではなく神功皇后の方だった。何もしなければ、我が子誉田別尊に回ってくる可能性は極めて低い。そこで神功皇后は、神託を受けて、我が身を天皇にした。つまり、15代天皇になったのは神功皇后であるが、後に摂政に書き換えられた。(竹下雅敏氏の『日本史講座第5回前半』より)
 35代皇極天皇/37代斉明天皇は、「はじめ高向王(用明天皇の孫、父は不詳)と結婚して、漢皇子を産んだ」(Wikipedia『斉明天皇』より)
 関裕二氏によれば、舒明天皇の子とされる大海人皇子は、実はこの漢皇子である。そうなると、40代天武天皇は母系天皇となる。
 前編で雅子妃が精神障害になったのは、替え玉貞明皇后ばりの境遇を強いられたからだと思ったが、そうではなくて、皇太子との人工授精から“妻”でありながら“爪”弾きにされたからだった。人工授精をしたのは、大室家に繋がる橋本龍太郎と愛新覚羅家に繋がる華齢との隠し子で和子という女性だった。
 妻でありながら人工授精もさせて貰えず、排除され、代わりに南朝天皇と清の皇帝の血を引く女性が宛がわれる。一介の官僚の娘の惨めさを、厭というほど味わったことだろう。
 だが、血統の何を重んじているのだろう。クーデター気質のあることではないに違いなく、単に箔がつく程度のことではないか。血統と言いながら、父が誰なのかの厳密さが乏しい限りだ。
 現代ならDNA鑑定をすれば簡単明瞭なのだが、歴史上の人物となると、資料がおいそれと都合良く手には入らない。
 何かいい手はないかと思案した結果、親子関係は分からないが、同一人物かどうかなら、五行類型論の体型が一致するかどうかで、320分の1の余り高くはない確率で判断できる。そこで先の天武天皇と漢皇子の体型を調べると、どちらも4陰-9陽型で、同一人物に違いないと判断できるのだ。
 また、体型が違えば同一人物でない100%の証明になる。
 睦仁親王の体型は2陰-9陰型で、明治天皇は6陰-3陰型となり、睦仁親王が明治天皇ではないことは明らかだ。替え玉の大室寅之祐は6陰-3陰型となり、やはり明治天皇は大室寅之祐であると言える。
 それにしても、皇室も遂に人工授精に手を染めたか、と嘆かざるを得ない。もう自然交配では存続できないのだろう。サラブレッドが自然交配以外を禁止しているのは、イカロスの失墜を肝に銘じているからだ。イカロスの失墜を犯すような人工授精をしたら、もうサラブレッドではないのだ。皇室も存続できない時がきたのだ。天照大神も消滅したのに、皇室だけが永続すると言う理は何もない、と言うか、天照大神が消滅したから、皇室も消滅するのは自然な成り行きのような気がする。汚穢を極めて存続するより、綺麗さっぱり消滅した方が余程良い。それが神のお導きでもあると思う。

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